コミットメントする生き方

今日は週末にふと思い出したことを紹介します。

仕事の関係でGWがただの三連休に成り下がったわけですが、久々の3連休はやっぱり幸せです。

とはいっても、昨日にしたことといえば、「Linuxのインストール」・・
はい、マニアックです。ごめんなさい。

いまのWindowsノートパソコンのHDDに空き領域を作ってそこにFedoraCore4をインストールするという、俗にいうデュアルブート環境を作ってみたわけです。

最近はWindowsServerの性能が上がってきて、使えるようになってきたわけですが、なんだかんだいっても大規模システムを動かすのはUNIX系です。

現に今関わっている構築でも導入システムの半数以上がUNIX系です。そんなこんなでUNIXを覚える必要に迫られているわけですが、数多あるコマンドを教科書で覚えるのはなかなか身にならないわけで、やっぱり実機を使った方が数倍速いので先輩にCDを焼いてもらってインストールしました。(Linuxオープンソースなので著作権違反ではないのであしからず・・)

おもちゃを与えられた子供のようにガチャガチャコマンドを打ちながらコンピュータと会話してます

4000円以上する入門書を買ってきたわけですが、そのまえがきにこんなマニアックな文章がありました。

UNIXWindowsと違い、大部分のシステム管理要素がテキストファイルになっています。
ですからUNIXではエディタさえ使えればシステムを破壊することも調教することも何でもできてしまいます。

UNIXという巨人がlessコマンドとviエディタだけで探検できるのは幸せなことです。
いってみれば「エディタだよ。人生は」という爽快な気持ちになります。

うーん、若干ひきました。言いたいことは分かるけど最後の一文でドン引きでした。はい。でもこんなマニアックノリは大好きです。

確かにUNIXはOSを動かしている部分が丸見えです。だからこそとっつきにくいわけで、Windowsとかはとっつきやすくするためにそういった部分をすべて隠しているわけです。それをつまらないとみるか、使いやすいとみるかです。


本題:「コミットメントするという生き方」
さて、前置きがずいぶんと長くなってしまいました。。
ほんとは、週末にふと思い出したことを書きたかったんです・・

まぁゴールデンウィークなんで長くてもええかなということで強行突破で書きます。

おとといの夏にある大手メーカーにインターンシップにいったときにそこの担当者の方に最後にこんな言葉をもらいました。

「今、君がしてる就職活動の後にも人生の節目節目に立つことが何度もあると思う。そのときの選択ひとつひとつに自分自身でコミットメントしながら進んでいってほしい。『仕事をやめたい』と思ったときはその一つ一つのコミットメントをたどっていけばいい。そして、そこでしたコミットメントが今の延長線上にないと考えるならば自信をもって転職すればいい。」

 2年前で少しうろ覚えな部分もありますが、就職活動前にこんな言葉を頂いたからこそ、今の自分があると思ってますし、この先もこういう考えで生きていきたいとぼくは思ってます。

さて、コミットメントという言葉ですが、日本語では代わりの言葉はありません。

よく、約束と訳されますが、約束はあくまでもpromiseであり、コミットメントよりも軽い感じの言葉であります。

コミットメントとは、何かをやることについての責任であり、明確に責任を伴います。
ここでいう責任とはまさしく、自分自身に伴う責任ということになるのでしょう。
ここでこんな話をしたのも、つい最近、コミットメントをした上で自分の進む道に向かって走り出した友人がいるからです。

彼の話や彼のとった行動からそのコミットメントした気持ちが十分に伝わってきました。間違いなくそのコミットメントに後悔という文字はないはずです。
だからこそ、ぼくとしても友人として全力で応援するし、そしてまた一緒になってがんばっていきたいとも思うわけです。

かなりの長文になってしまいましたが、今日のところはこのへんで。

今からCiscoルーターの勉強でもします。あぁマニアックな週末。。でも明日は東京から彼女が来る日なのでマニアックな週末からは抜け出せそうです。

でも明日は・・雨です

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